副業先での競業は全社リスク 在職中の利益相反を土田教授に聞く
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副業を承認した後に、その副業が本業と競合しはじめたら、会社と本人の関係はどうなるのか。株式会社フクスケが実施した16,139名調査(副業「承認後」の情報持出・競業化リスク分析)では、情報を持ち出した副業者の72.1%が正式届出済みでした。さらに副業制度がある企業に限ってみると、情報持出と競業の両方に該当する層の85.5%が届出済みで、情報持出のみの層(68.6%)や競業のみの層(74.2%)を上回ります。一方、申請時に競業・利益相反を確認している副業制度管理者は2割に満たず、審査に必要な4項目が揃う申請は管理者側の回答でわずか3.3%です。問題は従業員の逸脱だけではありません。制度を運営する側が、在職中の競業・利益相反の重さを判断できないまま、承認だけが積み重なっているのです。
このデータをどう読むべきか。労働契約法研究の第一人者であり、2024年4月には内閣府規制改革推進会議 働き方・人への投資ワーキング・グループで競業避止義務の明確化について提言を行った、同志社大学法学部・大学院法学研究科教授であり弁護士の土田道夫先生は、この状態を人事実務の巧拙ではなく「全社的な危機」として捉えるべきだと警鐘を鳴らします。
※本記事は一般的な法解説であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。
Q1. 副業を「承認」しても、競業避止義務は消えない ―― 在職中の義務はなぜ「当然に」発生するのか
編集部: 前提として、労働者の副業は法的には原則として自由と理解しています。裁判例でも、労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的に労働者の自由とされ、厚生労働省の改定モデル就業規則も届出を前提に副業を認める構成です。その上で伺います。今回の調査では、本業の情報を持ち出した副業者の72.1%が、副業を正式に届け出ていました。また、副業制度がある企業の副業者(制度あり層)に絞ると、情報持出と競業の両方に該当する層の届出率は85.5%で、情報持出のみの層(68.6%)や競業のみの層(74.2%)を上回っています。「承認された副業だから問題ない」という理解は、法的には正しいのでしょうか。
土田先生: 正しくありません。在職中の競業避止義務は、守秘義務と同様、誠実義務の一環として信義則上当然に発生します(労働契約法3条4項)。ここでいう「当然に」とは、特別の合意や就業規則の定めがなくても発生するという意味です。
副業自体は原則として自由であるとしても、副業の一種である在職中の競業避止義務は全く自由ではありません。自由でないどころか、こちらは原則禁止される行為です。在職中に競業他社の運営に積極的に関与することは、重要な営業秘密の漏洩や顧客の奪取によって使用者の正当な利益を侵害し、またはその蓋然性が高い行為です。だからこそ、それを控えることは労働契約に当然に内在する義務なのです。在職中の競業は、懲戒解雇を含む懲戒処分や解雇の対象となり、企業が被った損害によっては、従業員の損害賠償責任を発生させることがあります。
モデル就業規則も、会社への届出を前提に副業を認める一方、企業が副業を禁止・制限できる場合を4点列挙しつつ、その一つとして「競業により、会社の利益を害する場合」を挙げています(70条2項4号)。
会社が副業の届出を受理したり承認したという事実は、届出時点の内容を前提とした判断にすぎません。届出や承認後に副業の実態が変わり、競業性や利益相反が生じれば、競業避止義務違反の問題は承認とは無関係に生じ得ます。
注目すべきは、制度がある企業の中で見たときに、情報持出と競業が重なるという最も懸念される層ほど届出率が高いという結果です。届出は副業を把握する入口であって、安全性を保障するものではありません。届出があるから安心だという理解は、法的にも実態としても逆立ちしています。調査で情報持出経験者の61.3%が本業の機密情報の副業利用を自認していたという結果も、承認手続きと義務の履行が別物であることを端的に示しているといえるでしょう。
Q2. 在職中の競業行為「5つの類型」―― 規制改革会議で示した整理
編集部: 先生は2024年4月の規制改革推進会議ワーキング・グループで、在職中の競業行為を5つに類型化して示されました。改めてご説明いただけますか。
土田先生: 在職中の競業避止義務違反となる行為は、裁判例を整理すると次の5類型にまとめられます。
| 類型 | 内容 |
|---|---|
| ① | 競業他社での現実の就労 |
| ② | 競業他社の設立+事業活動 |
| ③ | 競業他社にて会社の顧客・取引先を奪取/会社の秘密情報を利用 |
| ④ | 競業他社の利益を図る行為(利益相反行為) |
| ⑤ | 従業員の引抜き・転職の勧誘 |
③については協立物産事件(東京地判平成11・5・28)、ソクハイ事件(東京地判平成22・4・28)、近年ではZ社事件(名古屋地判令和5・9・23)、ビットウェア事件(東京地判令和6・9・24)、④についてはヒューマントラスト事件(東京地判平成24・3・13)、Yデザイン事件(東京地判令和4・11・25)、トラスト事件(東京地判令和6・10・23)、⑤についてはラクソン等事件(東京地判平成3・2・25)、スタッフメイト南九州元従業員ほか事件(宮崎地都城支部判令和3・4・16)、アジャイル事件(東京地判令和7・1・22)などの裁判例があります。
重要なのは、この①〜⑤は在職中においてはすべて許されないということです。私はワーキング・グループで、これらの裁判例を整理・紹介した上で、①〜⑤がすべてNGであることを明確化すべきだと提言しました。先にお話ししたとおり、厚生労働省のモデル就業規則第70条2項も、4号で「競業により、企業の利益を害する場合」に副業の禁止・制限を認めており、この類型化はその判断を具体化するものです。
編集部: 逆に、競業避止義務違反に「ならない」ケースもあるのでしょうか。
土田先生: あります。競業会社の設立を企図しても、いまだ設立登記などの準備行為にとどまる場合は義務違反とはなりません。また、前使用者の従業員を勧誘したものの、従業員が自発的に退職したにすぎない場合も同様です。義務の範囲を過度に広げて捉えることは、かえって競業避止義務の適正な運用を損なうと思います。
Q3. 「重い処分」よりも深刻なこと ―― 競業・利益相反をチェックできている企業は2割弱
編集部: 調査では、競業関連トラブル経験者の重い処分(減給・出勤停止・降格など)の経験率は70.7%と、競業以外のトラブルより12ポイント高い結果でした。一方で制度を運営する側を見ると、申請時に競業・利益相反を確認している割合は管理者調査で18.5%、審査に必要な4項目(業務内容・提供先企業名・契約形態・競業/利益相反)が揃う申請は3.3%にとどまります。競業と情報漏えいの両方を制度化して継続確認している企業は28.4%、年次更新の期限を超過した副業者への対応も77.9%が「リマインド・督促まで」でした。処分は重いのに、判断の前提となるチェックがなされていない。この非対称をどうご覧になりますか。
土田先生: 在職中の競業は、最も信義に反する行為です。労働契約の存続中に、使用者から賃金を得ながら、使用者の利益と正面から衝突する行動をとることだからです。処分が重くなるのは、その帰結にすぎません。
しかし、ご指摘の数値が示しているのは、処分の重さよりもはるかに深刻な問題です。多くの企業が、社員の副業が競業・利益相反に繋がるかどうかを判断する材料すら集めていない。かなり深刻な状況だと言わざるを得ません。
コーポレートガバナンスの理想像を考えてみてください。会社の競争優位を支える情報・ノウハウ・顧客接点がどこへ流れているかを、経営が把握し、統制できている。それが本来あるべき姿です。ところが現実には、確認している企業が2割に満たない。理想と現状のギャップはそれほどまでに大きく、これは人事部門の実務の巧拙という次元の話ではなく、まさしく会社制度の危機として捉えるべき問題であり、法務部門を含めて、全社的に対応すべき課題だと考えます。
編集部: 弊社が診断の現場で目にする実態とも重なります。従業員は「自分の担当案件ではない」「規模が違うから競合しない」といった職務単位の切り分けで説明し、承認する側も同じ職務の視点で判断してしまう。事業全体・グループ全体で見れば明らかに重なっている副業が、「ここだけなら重ならない」という細分化された説明で通ってしまう、という構図です。
土田先生: 在職中の競業・利益相反の判断には、全社的な視点が不可欠です。職務の視点はそれ自体が一種のバイアスです。本業の情報・ノウハウ・顧客接点が副業先へ移転すれば、それは競争優位の外部移転であり、経営の視点で見れば直ちに差し止めを検討すべき事態です。それが、競業に関する十分な知見のないまま、承認のワークフローとして処理されていく。承認の集積が、経営の知らないところでガバナンスの空洞を作っている可能性を、この数値は示唆しています。
もっとも、処分の重さは行為の悪質性に応じたものでなければなりません。社員が競業を行ったというだけで、機械的に懲戒解雇や諭旨解雇といった重い処分を科すことは、処分の相当性を欠き、権利濫用(労働契約法15条)と評価されるリスクがあります。まず実態を確認し、行為の性質と程度を見極めることが先です。
Q4. 競業と情報持出は同じ副業者に重なる ―― 別々に確認する運用の限界
編集部: 今回の調査で新たに分かったのは、競業と情報持出の重複です。本業と競合・競業する副業を行っている層のうち39.7%が情報持出にも該当し、情報持出経験者のうち17.4%が競業にも該当していました。両方に該当する人は全副業者の2.5%です。この重複をどうご覧になりますか。
土田先生: まず前提として、この数値は同一の回答者が両方の項目に該当したことを示すものであり、同一の事案で同時に起きたことや、持ち出した情報を競業先で使ったことまでを示すものではありません。そこは慎重に読む必要があります。
そのうえで申し上げると、法的にはきわめて示唆的なデータだと思います。私が整理した5類型のうち③は、「競業他社にて会社の顧客・取引先を奪取/会社の秘密情報を利用」という類型です。つまり、競業と情報の利用が重なった状態そのものを、独立の類型として立てている。重複が一定割合で確認されたということは、この類型③に接近しうる層が実在することを意味しています。
実務上の含意は明確だと思います。多くの企業では、情報持出は情報セキュリティ部門、競業は人事や法務と、担当も確認のタイミングも分かれています。しかし、競業と情報持出が同じ社員の中で重なるのであれば、別々に確認する運用では、類型③に接近しうる状態を誰も識別できないことになる。これも全社的な視点が欠けている一例です。競業の確認と情報管理の確認は、同じ副業を対象に、同時に行われなければ意味がありません。

Q5. 「途中から競業化する副業」―― 義務違反はいつ成立するのか
編集部: 調査では、申請内容と実態にズレがある層の情報持出率は34.5%と、ズレがない層の10.2倍でした。ズレの種類別に見ると、副業先の名称(実質的な提供先が見えない)で45.0%、競業・利益相反の有無(本人の自己申告任せ)で47.7%、そして「副業内容・条件の変更を申告していない」層では48.4%に達します。承認時は問題なかった副業が、途中から競業化するケースをどう考えればよいでしょうか。
土田先生: 競業避止義務違反の有無は、承認時点ではなく行為の時点で判断されます。承認された副業であっても、事業内容が変わり、本業と競合する市場で顧客を奪い合う関係になれば、その時点から類型①や②の問題が生じます。先ほどの類型②で「設立+事業活動」と整理したのはこの趣旨です。設立準備にとどまる段階では義務違反になりませんが、事業活動を開始すれば評価は変わる。つまり、同じ副業でも時間の経過とともに法的評価が変わり得るのです。
この構造を踏まえると、企業が承認時の一回的な審査だけで副業を管理することには、予防法務の観点から見ても限界があります。変更時の再申告や定期的な確認は、労働者を縛るための手続きではなく、義務違反が成立する前に軌道修正の機会をつくる仕組みとして機能します。それは労働者本人の保護にもなる、というのが私の見方です。

Q6. 利益相反はなぜ独立の類型なのか ―― 顧問・役員就任の重み
編集部: 調査では、副業先から他社就労の制限や事前許可を求められている層(顧問・役員就任など、副業先組織へ深く組み込まれた関与を含む層)の情報持出率が49.5%と突出していました。先生は利益相反行為(類型④)を独立の類型として立てておられます。
土田先生: 利益相反を独立に類型化したのは、競業他社で「働く」ことがなくても、競業他社の利益を図る行為それ自体が誠実義務と衝突するからです。ヒューマントラスト事件やYデザイン事件は、この類型の裁判例です。
顧問や役員への就任は、この観点から特に慎重な検討を要します。役員に就任すれば、その会社に対して善管注意義務(会社法330条)・忠実義務(同355条)を負います。本業の使用者に対する誠実義務(労働契約法3条4項)と、副業先に対する忠実義務が構造的に衝突する立場に自ら入ることになるわけです。副業先から他社就労の制限を受けるような事案は、もはや「副業」という言葉で捉えるべき関係ではなく、二つの組織への基本的義務が併存し対立する状態となるわけですから、就任前に利益相反の審査を行うのが適切です。
ご調査で、この層の持出率が約5割に達するという結果は、関与の深さがリスクの構造そのものを変えることを示すデータとして興味深いものです。
Q7. 副業推進の時代こそ、競業リスクは構造的に増える
編集部: 政府は副業・兼業の促進を掲げ、企業の側にも人的資本経営の文脈で従業員の自律的なキャリア形成を後押しする流れがあります。「本業に資する副業」を奨励する企業も増えました。この潮流と、ここまで伺った在職中の競業・利益相反のリスクは、どう両立するのでしょうか。
土田先生: 副業の促進そのものには賛成です。雇用が流動化して転職が当たり前の時代となりましたし、労働時間以外の時間をどう使うかは本来労働者の自由ですから、全面禁止に戻る流れには決してならないでしょう。
ただ、構造として認識しておくべきことがあります。「本業に資する副業」を奨励すればするほど、従業員が選ぶ副業は本業の隣接領域に集まります。本業で培った専門性が最も高く評価されるのは、本業と市場・顧客・情報が重なる領域だからです。つまり、「本業に資する副業」を推進する方向性そのものが、競業・利益相反の接触面を構造的に広げていく。これは従業員の悪意の問題ではなく、制度設計の問題です。
だからこそ、推進のメッセージだけが先行することを警戒すべきです。全社的な視点でのチェックが伴わないまま承認が積み重なれば、判断基準は部門や担当者ごとにばらつき、同じ内容の副業が部署によって通ったり通らなかったりする。これは内部統制の観点からも説明のつかない状態です。副業を推進するのであれば、その分だけ管理の水準を引き上げる。この対を欠いた推進は、ガバナンスの空洞化を静かに進行させるリスクがあります。
Q8. 日本企業の副業ガバナンスは、いまどの段階にあるのか
編集部: 調査の対策指針では、副業管理を「検知(届出制・許可制による見える化)」「識別(申請と実態のズレや競業への近接性の抽出)」「抑止(記録・契約・処分明示)」の3層で設計すべきだと整理しています。日本企業全体の現在地は、どのあたりにあるとご覧になりますか。
土田先生: 厳しい言い方になりますが、大半の企業は第1層の「検知」すら完成していない段階にあると見ています。届出制という箱はある。しかし、審査に必要な4項目が揃う申請が3.3%という数値が示すとおり、箱の中に判断材料が入っていない。検知が機能していなければ、識別も抑止も動きようがありませんから、3層モデルで言えば、多くの企業はまだ出発点に立ったところです。
問題は、副業管理に関する自己認識が実態とずれていることです。届出制を採用している企業の多くは「うちは副業を管理できている」と考えているでしょう。しかし本調査は、情報を持ち出した副業者の7割超が届出済みであること、そして副業制度がある企業に限ってみれば、情報持出と競業が重なる最もリスクの重い層ほど届出率が高いことを示しました。「届出がある=管理できている」という認識のまま止まっているとすれば、それは、情報管理・利益相反管理として本来求められる水準から見れば、遅れていると言われて仕方のない状態です。
日本企業は、雇用の流動化と副業の一般化という変化を先に受け入れ、それを統制する仕組みの整備が後回しになってきました。この順序の歪みを正すこと、つまり検知を完成させ、識別・抑止へ進むことが、これからの数年で問われることになります。
Q9. 在職中は厳格に、退職後は自由に ―― 企業が混同してはならない非対称
編集部: ここで法的な枠組みの話に戻ります。前半で伺った在職中の義務の厳格さに対して、先生は規制改革会議では、退職後の競業避止義務についてはむしろ制限的であるべきだと提言されています。
土田先生: そこが最も重要な点です。在職中の競業避止義務と退職後の競業避止義務は、法的評価が全く異なります。この違いを可視化し、周知する必要があります。
在職中の競業は、いま申し上げてきたとおり、信義則違反行為として厳格に評価されます。しかし退職後は、そもそも労働契約終了後の行為ですし、憲法上も職業選択の自由(憲法22条1項)の保障がありますから、大原則として自由です。退職後の守秘義務と比較しても、守秘義務は、「秘密・情報を守れ」という義務であるのに対し、退職後の競業避止義務は、「働くな」という義務であり、退職した労働者の職業活動そのものを禁止する義務であって、職業選択の自由に対する制約度がきわめて高い。だからこそ、必要最小限の範囲でのみ肯定されるべきです。
具体的には、個別特約または就業規則という明示の根拠が必要であり、その有効性は、労働者の地位が義務を課すのに相応しいか、正当な秘密保護の必要性があるか、競業制限の範囲(対象職種・期間・地域)から見て職業活動を不当に制約しないか、適切な代償が存在するか、適切な説明・情報提供がなされたか、という観点から審査されます。期間については1年程度が妥当と考えられます。
編集部: 実際の裁判例では、退職後の競業避止条項はどのように判断されているのでしょうか。
土田先生: 無効と判断された例は少なくありません。代表例は、岩城硝子ほか事件(大阪地判平10・12・22)ですが、近年でも、メットライフアリコ生命保険事件(東京高判平成24・6・13)、REI事件(東京地判令和4・5・13)、ロイヤル通商事件(札幌地判令和5・6・7)、創育事件(東京地判令和5・6・16)、Ray・ハウジング事件(東京地判令和8・1・28)などで競業避止条項の効力が否定されています。他方、第一紙業事件(東京地判平成28・1・15)のように有効と判断された例もあり、要は先ほどの観点に照らした個別の審査です。なお、特約の締結に際して労働者と使用者が実質的な交渉・協議を行い、労働者が自由意思に基づいて同意したと客観的に認められる場合には、要件の適用は緩和されるべきだと考えています(山梨県民信用組合事件・最判平成28・2・19参照)。
裁判に登場する紛争は氷山の一角にすぎず、悪質な競業避止義務は多数存在すると推測されます。だからこそ私はワーキング・グループで、厚生労働省・経済産業省・公正取引委員会が連名で競業避止義務に関するガイドラインを策定・周知すること、そして蓄積された裁判例を整理・紹介する「日本版リステイトメント」を提示することを提言しました。米国でも、州ごとにばらばらの競業規制ルールを統一することを目的とする統一雇用競業避止特約法(UREAA:Uniform Restrictive Employment Agreement Act)の策定が進み、頓挫したものの、連邦取引委員会(FTC:Federal Trade Commission)が2023年1月に競業避止義務の禁止を内容とする規則(競業禁止条項規則[Non-Compete Clause Rule])を提案するなど、この問題への関心は国際的にも高まっています。
編集部: 企業の副業管理の実務では、この非対称はどう効いてくるでしょうか。
土田先生: 「競業リスクがあるから」という理由で、在職中の管理を超えて退職後の行動まで広く縛ろうとする、あるいは副業を一律に禁止しようとする企業がありますが、これは方向を誤っています。不当な競業避止義務が労働移動を妨げることがあってはなりません。在職中の競業には毅然と対応する。しかし退職後の自由は最大限尊重し、副業そのものは原則自由として扱う。この非対称を正しく運用することが、労使双方にとって納得性のある制度の前提になります。
ただ難しいのは、競業避止義務は、法的には在職中と退職後とで峻別されるべきものですが、実際には、同じ従業員が在職中・退職後と継続して競業を行い、いわば一体化しているケースも少なくないという点です。その場合も、在職中と退職後は峻別されるべきですが、両者の一体性を考慮すべき事案もあります。裁判例では、こうした事案について、退職後5年間の競業避止義務につき、従業員が行った在職中の競業避止義務違反を踏まえ、その防止の観点から作成されたものであるから、そうした義務違反行為を前提とせずに競業避止義務を定めた場合と同様に解することはできないと解し、期間を2年間に限定解釈した上で有効と判断した例があります(シーリス事件・大阪高判令和7・6・25)。5年の期間を無理やり2年に限定解釈するのはおかしいですが、これが例えば期間2年であれば、許容できる期間が通常1年であることを考慮しても、有効と判断される可能性があります。企業にとっては参考となる裁判例だと思います。

Q10. 企業は何をすべきか ―― 「禁止の強化」ではなく「判断できる情報」を
編集部: 本題の締めくくりに、副業制度を運用する企業への助言をお願いします。審査に必要な情報が揃わないまま、承認だけが積み重なっているのが現状でした。
土田先生: 厚生労働省のモデル就業規則第70条2項の定めを就業規則に置くことで企業が禁止・制限できるのは、労務提供上の支障(1号)、企業秘密の漏洩(2号)、会社の名誉・信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為(3号)、そして「競業により、企業の利益を害する場合」(4号)の禁止・制限です。裏を返せば、企業はこれらに該当するかどうかを判断できる情報を持たなければ、そもそも適法な制限も適切な承認もできません。
副業先の名称だけでは競業性は判断できません。実際の業務内容・実質的なサービス提供先・契約形態の報告、そして届出承認後の変更の有無に係る報告・変更時の再申告。これら事項を把握する仕組みがあって初めて、70条2項4号の判断が可能になります。4項目が揃う申請が3.3%という数値は、多くの企業で競業判断の前提となる情報収集そのものが機能していないことを示しており、端的に言って深刻だと思います。この点は、副業の労働時間管理の面からも重要です。現行労働基準法上は、副業には労働時間の通算制(38条1項)が適用されるため、本業先使用者は、副業先を含めて労働時間管理責任や安全配慮義務(労働契約法5条)を負うところ、これらの責任を果たすためには、副業先に関する正確な情報を得ることが不可欠だからです。
また、リスクは事前に分かっているのですから、在職中の競業・利益相反が懲戒の対象になり得ることを、就業規則や副業規程にあらかじめ明記しておくことも重要です。帰結を事前に示すことは労使双方の予見可能性を高め、抑止としても機能します。他の例を出しますと、例えばパワハラ防止措置義務では、事前の措置として、「職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者については、厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。」を掲げ、その例として、「就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者に対する懲戒規定を定め、その内容を労働者に周知・啓発すること。」を定めています(労働施策総合推進法30条の2第3項に基づくパワハラ指針4(1)ロ)。
あえて注文をつけるなら、最低限、次の三つは直ちに着手していただきたい。第一に、副業申請時に4項目(業務内容・提供先企業名・契約形態・競業/利益相反)を報告させること。第二に、競業・利益相反の判断を本人の自己申告任せにしないこと。第三に、変更時の再申告をルール化すること。いずれも法改正を待つ必要はなく、明日から規程と運用で実現できることです。できていないのは、難しいからではありません。
繰り返しになりますが、目指すべきは禁止の強化ではありません。在職中の競業・利益相反という、労働契約上最も重い義務違反を見逃さないための情報設計と、競業と情報管理を切り離さない全社的な確認、そして変化を捉える継続的な再評価。他方で、退職後・副業一般については自由を尊重する。この二つを両立させることが、副業時代の企業に求められる法的リテラシーだと考えます。

Q11. 副業は入口にすぎない ―― 社外取締役の兼任、そして利益相反ガバナンス全体へ
編集部: 最後に、少し視野を広げます。兼任・兼業は従業員に限った話ではなく、役員レベルでも社外取締役の複数兼任が一般化しています。副業というスコープを超えて、企業は利益相反の管理をどう捉えるべきでしょうか。
土田先生: 本質は同じ問いです。一人の人間が複数の組織に義務を負うとき、その衝突をどう統制するか。役員については、会社法が取締役の競業取引・利益相反取引に承認を要求するという形で(会社法356条、取締役会設置会社では365条)、明文の規律を置いています。社外取締役の兼任が増えるほど、この規律の運用は精緻になってきました。
ところが従業員に目を移すと、同じ構造の問題に対して、入口の届出しかない企業が大半です。本調査が示したのは、競争優位の外部移転が役員レベルの専売特許ではなく、従業員の副業を通じても現実に起きているという事実です。むしろ、高度専門職が増加する一方、雇用の流動化が進んで転職が活発化している今日では、従業員の副業によって秘密・情報の流出や利益相反が発生するリスクの方が大きいといえますし、ジョブ型雇用の導入によってジョブ型社員の転職が増えれば、「本業に資する副業」のリスクはますます大きくなります。さらに、顧問就任や役員就任を伴う副業であればなおさら、役員の利益相反管理と地続きの問題になります。
役員には厳格な利益相反規律、従業員には形だけの届出制。この落差を放置したままでは、全社の利益相反ガバナンスは完成しません。副業管理を人事部門の手続きとしてではなく、役員の利益相反管理と連続した全社リスクマネジメントの一部として設計し直すこと。この調査は、その必要性まで示唆していると考えます。
プロフィール

土田 道夫(つちだ・みちお)
同志社大学法学部・大学院法学研究科教授、弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同)。専門は労働法。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、法学博士。日本労働法学会代表理事(2021〜2023)、司法試験考査委員(労働法)(2009~2014)、京都労働局紛争調整委員会会長(2013~2023)などを歴任。2024年4月、内閣府規制改革推進会議 働き方・人への投資ワーキング・グループにて競業避止義務の明確化に関する提言を実施。主著に『労働契約法〔第3版〕』(有斐閣、2024年)、『労働法概説〔第5版〕』(弘文堂、2024年)など。
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※本記事は一般的な法解説であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。個別の判断が必要な場合は、弁護士等の専門家にご相談ください。