はじめにメディアなどで「欧米、特に米国は副業が進んでおり、日本は遅れている」というような論調をたまに目にします。しかし、これは本当なのかという疑問があり、可能な限り情報を整理しますと、こういった認識は合っている部分もありますが間違っている部分もあることが分かりました。副業の背景となる雇用制度は各国の文化や法令、社会の状態と不可分の事象ですし、決して日本が一方的に遅れているわけでもありません。ただし、背景が違う他国の状況を理解することは、日本の副業について主体的に考えていくうえで大きな意味があると言えます。各国の副業の制度や状況を概観し、その上で言い得ることが何なのかについて検討してみました。日本で「働くこと」の再構築が進んでいると考えられる今、なるべく客観的な視点を持ちたいと思われ、ベースとなる情報の整理です。欧米の副業の状況副業・兼業の実態調査(諸外国における副業・兼業の実態調査-2019年4月JILPT)によれば、イギリス・フランス・ドイツ・アメリカにおける複数就業者の数はドイツを除いて近年は減少傾向であり、就業者全体に占める割合として4%~7%の間であり決して高くはありません。各国ともに女性比率が高く、ドイツではほとんどがドイツ特有の「ミニジョブ(僅少雇用)」の従事者、フランスでも家事労働や清掃労働など低技能習得職の従事者が多くなっています。イギリスでは男性は管理職や専門職(教育・医療分野など)で3割程度見られるが、女性はサービス・小売業なども多くなっています。アメリカは複数就業者の割合が高い産業は、主業と重なり、医療、教育等の産業が多くなっています。日本において、2019年に副業をしている人の割合は、全就業者に対する複数の仕事をしている人の割合・企業就業者の中での複数個の収入を持つ人の割合、など様々な集計の定義があり、調査によって割合も違います。しかし、それぞれの定義で6~10%程度の割合となることが多いです。以上の事実からも、「海外では副業が日本よりも進展している」という端的な理解は正しくないことが明らかであると言えるでしょう。欧米各国の副業に関する法令解釈や制度の状況ドイツでは、副業に関して雇用契約等での制限はみられますが、理由を問わない一律の全面禁止は認められず無効になるという法令解釈があり、競業避止等に影響がなければ副業に同意する義務があるとしています。反対にフランスでは、労働者には忠実義務(競業避止義務)の履行が求められ、労働協約や雇用契約で副業を禁止することは可能としています。イギリスでは、副業を雇用契約に条項を盛り込むことで禁止あるいは制限する場合に、事業の損害となるとの合理的な根拠(競業の禁止等)を要するとされています。労働時間管理については欧州各国はそれぞれ制限を設け、複数就業者の場合はその使用者の労働時間を通算するため、ドイツやフランスでは雇用主は労働者に対して、副業の有無や労働時間についての申告を求めることができ、ドイツでは労働者の回答義務も生じます。アメリカについては特徴的で、副業・兼業の可否は法的に規制がなく、また労働時間の上限規制もありません。超過分については割増賃金を支払えばよく、共同使用の場合は労働時間を通算し、すべての使用者の間で個別にかつ連帯して、法が定める責任を負担するとされていますが、具体的な扱いは明らかではないため、事実上、労働時間に規制がない状況です。欧米各国の副業を行う理由について欧州各国での副業を行う理由に関する調査結果などはないものの複数就業者の本業と副業の平均賃金や、パートタイマーの副業の割合が高いことなどから主として経済的な理由によることが推測されます。一方でイギリスなどでは技能の向上や、より良い条件の仕事への転職といった動機の存在の可能性も指摘されています。一方アメリカでは「複数就業を行う動機として支払いもしくは借金返済のため」が1997年41.4%から2004年25.6%と大きく減少する一方「副収入のため」が16.6%から38.1%と大幅に増加しています。(ちなみに「起業もしくは別の仕事の経験のため」は7.7%から3.7%とわずかであり、減っています。)一方で雇用される副業ではない「従来型ではない就労形態の労働者」の状況を明らかにしている調査結果もあります。上で見たように欧州における副業の理由は、生活のために本業で不足する分を補うためという理由が属性、収入の平均値から見て取れ、政府や国としてもそういう捉え方であるようです。(よって、国際的に副業は収入の補填であるという捉え方が、数の上では多数派であると言ってよい)アメリカの調査からはもう少し個人の副業(ビジネス)への積極的な関心がうかがえる部分もあります。従来型ではない就労形態(たとえばギグワーク)の労働者の状況報告からも仕事や働きかたの多様性について述べられており、特にミレニアム世代以降の数字からは、次世代の仕事のあり方働き方への方向性が見て取ることができます。アジアにおける副業の状況アジアの動向については、国や政府の施策についての資料はないものの、アジア関連ののレポートやブログ記事などから、リアルな副業事情について予測は可能です。アジア地域の動向をみると、フィリピンでは「現在の職場で追加の仕事をしたい、あるいは追加の職業を得たい、あるいはより長い労働時間で新しい仕事をしたいと望む人」と統計局から定義されている「不完全労働力」と称している人たちがギグワーカーとして仕事をしていたり、タイ・ベトナムなどでも副業をするのはごく自然なこととしてとらえられています。中国などでは、会社員であると同時に自分の法人を持っているというビジネスマンも多いようです。また、各国とも副業への規制はあまりないようです。どういう視点から副業を語るかにもよりますが、労働観や仕事観というところにも注目して見てみると、単なる収入増を見込む以上の仕事(=ビジネス)をすることへの積極性を見ることができます。アジアの人たちはまだまだ成長するために(数字的にはすでに成長している国もあると思いますが)貪欲で仕事に対して積極性があり、個人レベルでやれることはないかという風に仕事を見つけチャレンジしている印象が強いことが伺えます。(アメリカでもそういう意味ではその精神性は強そうです)各国の副業事情からの総括特にアメリカと、アジアの成長圏において(統計的に多数派とは言えませんが)ギグワーカーの考え方の進展が見られます。自身のスキルを元に、複数の事業組織間を流動的に働く考え方です。これは主に各国のWEB・IT業界において急速に進展している考え方だと言えます。ITにより世界を舞台に活躍することが可能になった現在では、競争力という観点からだけ見た場合、どこでも、何でも自分を発揮させる場所を探し、展開していく意欲やマインドを持つ人たちが台頭していく事象があります。国の制度を待たずしてそういう人たちが自ら仕事を作って発展していく世界の潮流があると考えられます。一方で、欧州や日本など、労働法制度が二次大戦後に発達した国においては、副業が収入補填であるという色合いが特に強く、制度上の柔軟性が低いという特徴がありそうです。国際的に見た雇用制度と日本の状態、今後の方向性についてさらにまとめとして、以下のことが言えると考えています。・副業の進展した国においては、一応共通した要素として、労働法制上の雇用保障についての制度整備があまりなされていないという特徴があります。(遅れているのか、制度の方向性として意思を持ってされていないと見られるのかは各国によって違う)そうした状況には長所も短所もありますが、所得保証という意味では短所も大きいでしょう。また、副業への制度支援や法制度について、世界的に見て日本が遅れているというわけではないと言えます。・では、副業が進展している国は必ず、雇用の流動性が高く失業率が高いのかというと、そこまで相関性が高いわけでもありません。民間のサービスの充実や所得水準によって、副業が一般的でも、事実上、失業率が高くない国もあり、状況にはかなり差があります。・とはいえ、日本が全体としては明らかに、二次大戦後に雇用保障が手厚く進展したことにより、解雇法制が手厚くなったドイツなどと同一のグループに属する国であるのは明らかであると思われます。さらに、それが現在、制度的な過渡期にあるのだとも言えると思います。参考にできる国の制度や文化から学べるところは学び、あるべき状態を創造的に考えていくことが求められると言えるでしょう。執筆者プロフィール松井勇策 社会保険労務士公認心理師・AIジェネラリスト(人的資本関係の資格)GRIスタンダード修了認証 ISO30414 リードコンサルタントフォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表(https://forestconsulting1.jpn.org/)情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門:人的資本経営 雇用実務)人的資本経営検定 総監修・試験委員長東京都社労士会 先進人事経営検討会議 議長・責任者