はじめに副業に関する制度を企業で運用するためには、労務手続の整備が必要となります。既存の社員の労務運用とは違う、整備が必要な点を列挙します。大きく労務手続は、労働保険・社会保険・税務・時間管理等の労働管理に分かれます。順番に要点を記載します。① 労災保険 本業の会社と副業の会社の両方で加入します。労災保険の保険料は会社のみで負担するため、労働者の負担はありません。 もし副業の会社の労災事故で被災した場合、副業の会社の労災保険が適用になります。休業中の補償額が低くなってしまう可能性がありますので注意が必要です。②雇用保険雇用保険は、生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける会社で加入します。つまり賃金が多い本業の会社1社でしか加入できません。副業先では雇用保険に加入しないため保険料負担はなく、本業の会社でのみ雇用保険料が継続して発生します。本業を退職することになり失業給付等の受給をする場合、給付額の算定は本業の会社の賃金をもとに算出されます。本業を退職しハローワークで失業認定の審査を受ける際、副業をしていると失業手当が減額または受けられない可能性があることに注意が必要です。③社会保険副業の会社で社会保険の被保険者要件を満たす場合、副業の会社でも社会保険に加入する必要があります。社会保険の被保険者要件は以下の2つです。要件(1) 1日または1週の所定労働時間および1か月の所定労働日数が一般社員の概ね3/4以上要件(2)・週の所定労働時間が20時間以上・雇用期間が1年以上見込まれる・1ヶ月の賃金が88,000円以上・従業員が501人以上の企業に勤務している(特定適用事業所)※労使合意があれば500人以下の企業も対象になることがあります。副業の場合、要件①の「一般社員の概ね3/4以上」を複数の会社で満たすことはほぼありえないので、要件②を満たす場合に副業の会社も社会保険の適用対象となります。この場合、所定の手続きをとることで、社会保険は二重加入することになります。その上で、保険料の支払いは、本業と副業から得られるそれぞれの賃金の合計を合算した金額をもとに、本業の会社と副業の会社で案分して支払うことになります。例えば、本業が20万円、副業が16万円の場合、年金事務所は合計36万円を基準に標準報酬月額を決定し、保険料は賃金に比例して本業5:副業4の割合で案分されて請求されることになります。報酬月額変更届や報酬月額算定基礎届は、複数会社勤務の従業員がいれば二以上勤務であることを明記して提出します。なお、健康保険証が2枚になることはなく、「健康保険・厚生年金保険 所属選択・二以上事業所勤務届」で選択した本業の健康保険証を継続して利用することが可能です。 また、傷病手当金の支給を受ける場合、それぞれの会社の報酬月額の合算値に基づいて支給されます。④所得税源泉徴収の計算には、「甲欄」と「乙欄」の2つあります。年末調整は「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を提出した会社(本業)でする必要があり、この申告書は1か所にしか提出できません。つまり、副業により2か所以上から給与が支給されることになっても、副業の会社には「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」は提出しません。本業の会社では、毎月の給料の源泉徴収の金額を源泉徴収税額表の「甲欄」で計算しています。副業の会社は年末調整をしないため、毎月の給与の源泉徴収の金額を源泉徴収税額表の「乙欄」で計算します。「乙欄」は、複数所得があると甲欄で計算した税額だけでは足りないので、少し高い税率で源泉徴収しようというものです。副業収入が年間20万円以下の場合は確定申告する必要はありませんが、副業の会社では高い税率で源泉徴収しているので、確定申告をすると税金が戻ってくる可能性があります。また、副業収入が年間20万円を超えると、年末調整の他に確定申告をしなければならないので注意してください。⑤労働時間の考え方副業で雇用される場合の労働時間の考え方として、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」(労働基準法38条1項)という「労働時間の通算制」の規定の適用が問題になります。労働時間の通算制は、本来、従業員が同一会社の複数事業場で働く場合に適用される規定ですが、行政通達は「『事業場を異にする場合』とは事業主を異にする場合も含む(昭23.5.14基発第769号)として、複数会社で勤務する場合にも労働時間を通算する立場をとっています。2018年1月に公表された「副業・兼業の促進に関するガイドライン」も、労働時間の通算制の適用を肯定しています。本業と副業で通算した労働時間が法定労働時間を超える場合、割増賃金の負担については、通達では「1日のうち後の時刻に労働させた側」に支払い義務がある(昭23.10.4基収2117号)とされています。一方、副業・兼業の促進に関するガイドラインのQ&Aでは、「時間的に後で労働契約を締結した事業主」つまり後から契約を締結する副業先が支払義務を負うとする実例もみられますので、本業副業どちらが割増賃金を負担するのか一概にはいえない状況です。また、本業と副業で法定休日が異なる場合や変形労働時間制の場合など通達や有力な解釈等がない場面も多く出てきており、会社が異なる場合は労働時間は通算する必要はないとする有力学説もあります。このような中、厚生労働省の「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会」は2019年8月8日に報告書を公表し、制度の見直しの方向性を「考えられる選択肢」として例示しました。しかしその後、調整が難航しており、副業を行う労働者の中でも制度のニーズが違うため、調整が難航しているようです。執筆者プロフィール松井勇策 社会保険労務士公認心理師・AIジェネラリスト(人的資本関係の資格)GRIスタンダード修了認証 ISO30414 リードコンサルタントフォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表(https://forestconsulting1.jpn.org/)情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門:人的資本経営 雇用実務)人的資本経営検定 総監修・試験委員長東京都社労士会 先進人事経営検討会議 議長・責任者