多様な働き方に関する類型の1つとして、副業兼業が注目され、今後の雇用のあり方のひとつとして制度的に重視されています。特に、2024年現在、労務管理の全体が現在、政策的に大きく改善課題のひとつとして挙げられ、詳細な検討が進んでいます。このような働き方を推進する中で、特に社会保険制度の整備が不可欠です。副業・兼業者が増加すると、異なる職場で働くことが一般的になり、社会保険の適用範囲や手続きの複雑化が課題となります。労働者が複数の雇用契約を持つ場合や、雇用者がフリーランスとして独立したり、他の会社で雇用されたりする形態が増えることで、社会保険の管理が複雑化する問題があります。こうした副業兼業の各パターンについて、企業側でも社会保険の問題に対して詳細な認識を持つ必要があります。フリーランスや自己起業家としての活動は、個人が自身で保険の手続きを管理することが基本ですが、企業はこれらの従業員が適切に保険の対象となっているかを確認し、必要に応じてサポートを提供する体制を整えるべきです。後述しますが、業種や状態によっては副業の収入が大きく増大することもよくあり、こういう場合に副業先で不完全な社会保険や労務管理の状態となっていて問題が生じた場合、本業先の企業に対して何らかの影響が及ぶことも考えられます。副業・兼業の制度化を進めることで生じる社会保険や広く労務管理の問題に対処することは重要なことであり、従業員が安心して複数の職に就くことができる環境を支援し、企業としても労働力の多様性と柔軟性を高めることが可能となります。社会保険を含む労務管理の情報源副業の労務関係の運用については、前回述べた労働時間管理以外の点についても整備が進んでいます。平成30年1月に発表、令和2年9月に大きく改訂・増補された後にも少しずつ改訂や増補が進んでいる「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(以下、「副業に関するガイドライン」とする)でも、「その他の制度」として、今後の整備の方向性を含めて記載され、法改正も進んでいます。参照:「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(厚生労働省)労務関係の運用は、労災申請時の副業含めた申請や、社会保険の2事業所での運用、労働保険の雇用保険で2021年からある一部の方への例外的な運用はじめ、特殊な運用がさまざまあります。こうした運用は現在、「例外的な運用」とされていることが多く、通常の申請書とは違う様式での申請が必要だったり、通常の申請以外に付加的な申請を行う必要があったりします。よく事前に確認をして、間違いがないように申請、運用することが重要です。副業の形態について兼業・副業と一口に言っても、その形態は多岐にわたります。大きく分けて以下の3つのパターンが考えられます:1. 他社で雇用され労働者として働く2. フリーランスとして個人事業主として働く3. 会社(法人)を立ち上げる、または他社(法人)の役員となるこの3つにわけて解説していきます。1. 他社で雇用され労働者として働く(労働保険(労災保険・雇用保険)の運用)労災保険法で法改正が行われたほか、雇用保険では一部今後の法改正が予定されている論点が複数あります。いずれも副業者については特有の運用がありますので、よく理解することが必要です。(労災保険)労災保険は、本業と副業の両方の会社で労災保険に加入します。万一労災が発生した場合、労働災害が起きていない事業場の労災保険も合算で適用されることになっています。また、労災自体の判断においても、複数の事業場の業務の負荷を総合的に判断することになっています。現在、労災保険料の支払いは年に一度の精算を行い、1回あるいは分割で支払う運用となります。(雇用保険)雇用保険は、生計を維持するのに必要な主たる賃金を受ける会社で加入します。つまり賃金が多い本業の会社1社でしか加入できません。副業先では雇用保険に加入しないため保険料負担はなく、本業の会社でのみ雇用保険料が継続して発生します。本業を退職することになり失業給付等の受給をする場合、給付額の算定は本業の会社の賃金をもとに算出されます。よって、本業を退職してハローワークで失業認定の審査を受ける際、副業をしていると失業手当については副業も含めた額よりも実質的には減額となることや、または受けられない可能性があることに注意が必要です。ただし例外があり、65歳以上の週合計の労働時間が20時間以上の従業員について(マルチジョブホルダーと呼ばれます)、本人の申し出に基づいて雇用保険が適用されます。要件として、次のような条件に当てはまる方は、今後雇用保険に加入できます。(1)各事業所における1週間の所定労働時間が20時間未満であること(2)2つ以上の事業主の適用事業に雇用される65歳以上の者であること(3)1週間の所定労働時間の合計が20時間以上であること上記は2022年施行の高齢者雇用安定法の法改正であり、一部、個人事業主になることを企業側で促進するような選択肢が法定されたりもしています。より多様な働き方を促進する中で、創意工夫を生かし、それぞれの方に合った形での働き方を行えるような制度の整備が進んでいるものと言えるでしょう。(社会保険(健康保険・年金関係)の運用)社会保険については2つ以上の事業所の運用が主なポイントとなります。特に週の所定労働時間が20時間以上で加入対象となる事業所が拡大されているため、間違いがない運用を行うことが必要です。副業先の会社で社会保険の被保険者要件を満たす場合、副業の会社でも社会保険に加入する必要があります。社会保険の被保険者要件は以下の2つのいずれかです。要件(1)1日または1週の所定労働時間および1か月の所定労働日数が一般社員の概ね4分の3以上要件(2)週の所定労働時間が20時間以上雇用期間が1年以上見込まれる1カ月の賃金が88,000円以上従業員が100人超の企業に勤務している(特定適用事業所)※2024年10月~従業員数 50人(51人以上)超規模に適用拡大、ほか労使合意があれば人数に関わらず企業も対象になることがあります。副業の場合、要件(1)の「一般社員の概ね4分の3以上」を複数の会社で満たすことはほぼありえないので、要件《2》を満たす場合に副業の会社も社会保険の適用対象となります。この場合、所定の手続きをとることで、社会保険は二重加入することになります。その上で、保険料の支払いは、本業と副業から得られるそれぞれの賃金の合計を合算した金額をもとに、本業の会社と副業の会社で案分して支払うことになります。例えば、本業が20万円、副業が16万円の場合、年金事務所は合計36万円を基準に標準報酬月額を決定し、保険料は賃金に比例して本業5:副業4の割合で案分されて請求されることになります。報酬月額変更届や報酬月額算定基礎届は、複数会社勤務の従業員がいれば二以上勤務であることを明記して提出します。なお、健康保険証が2枚になることはなく、「健康保険・厚生年金保険 所属選択・二以上事業所勤務届」で選択した本業の健康保険証を継続して利用することが可能です。また、傷病手当金の支給を受ける場合、それぞれの会社の報酬月額の合算値に基づいて支給されます。ポイントは上にも書いたように、要件《2》の段階的拡大です。2024年10月からは、それまで社会保険加入に該当しなかった51人以上の企業に勤務する複数就業者の方が急に該当することになる企業も出てくるものと思われます。二以上事業所勤務届などの運用は、現在ですと例外的な運用として申請用紙なども区分されて運用されていますが、手続きにも改善が加えられる可能性もあります。従業員の健康保険や年金に影響してくるところですので、よく確認して、間違いがないように手続きを行っていくことが必要です。(税務の運用)本類型のみ、税務の運用も加筆します。源泉徴収の計算には、「甲欄」と「乙欄」の2つあります。年末調整は「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を提出した会社(本業)でする必要があり、この申告書は1か所にしか提出できません。つまり、副業により2か所以上から給与が支給されることになっても、副業の会社には「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」は提出しません。本業の会社では、毎月の給料の源泉徴収の金額を源泉徴収税額表の「甲欄」で計算しています。副業の会社は年末調整をしないため、毎月の給与の源泉徴収の金額を源泉徴収税額表の「乙欄」で計算します。「乙欄」は、複数所得があると甲欄で計算した税額だけでは足りないので、少し高い税率で源泉徴収しようというものです。副業収入が年間20万円以下の場合は確定申告する必要はありませんが、副業の会社では高い税率で源泉徴収しているので、確定申告をすると税金が戻ってくる可能性があります。また、副業収入が年間20万円を超えると、年末調整の他に確定申告をしなければならないので注意してください。以上で他社で雇用される場合についての開設でした。副業先で雇用されない類型・注意点 ~対応策を整備し、状況を把握する必要がある本項目以降は、2. フリーランスとして個人事業主として働く3. 会社(法人)を立ち上げる、または他社(法人)の役員となるの2つの類型についてお伝えします。従業員がフリーランスとして活動する場合や自己の法人を立ち上げた場合、これらの行動が本業での職務にどのような影響を及ぼすかは本業を持つ企業にとって重要な問題です。本業の企業としては、従業員が外部で独立した業務を行うことが企業の業務や信用に悪影響を与えないように、適切な管理とガイドラインの設定が求められるものと言えます。大きな潜在的リスクの一つは、本稿でも主題になっている、社会保険や税務上の問題です。従業員が独立して事業を行うことで、本業の企業とは異なる形で社会保険の加入や税務の申告が行われることになります。ここで重要なのは、これらの活動が外部の行政機関からの監視や調査の対象となり得ることです。例えば、社会保険の未加入や不適切な申告が行政機関によって発見された場合、これが従業員の本業である企業に対しても、補足調査や反面調査として調査が拡大する可能性は十分にあり得ることです。特に、副業の事業は業種によっては拡大しやすく、本業の企業がその従業員の副業について十分に情報を持っていなかったり、その活動を適切に管理していなかったりした場合、企業全体としての信用問題に発展することも考えられます。このため、本業の企業としては、副業に関する規定を明確にし、従業員が副業で遭遇する可能性のある問題に対して事前に対処できるようにするために、全体の認識を持っておくことは重要なことです。2. フリーランスとして個人事業主として働くフリーランスとしての道を選んだ場合、保険制度との関わりは一変します。会社員とは異なる立場に立つことで、社会保障制度との接点が大きく変化するのです。(社会保険)フリーランスになると、会社を介した社会保険は非加入となり、国民健康保険と国民年金の自営業者向けの制度となります。国民健康保険は、居住する市区町村で加入手続きを行います。保険料は前年の所得に応じて決まりますが、所得が低い場合は軽減措置が適用されることもあります。ただし、会社員時代と比べると負担が増える可能性が高いので、事前に試算しておくことをお勧めします。国民年金は、いわば自営業者の老後の味方です。第1号被保険者として加入し、毎月の保険料を納付します。納付が困難な場合は、免除や猶予の制度も用意されています。将来の年金額に影響するので、可能な限り納付を続けることが大切です。(雇用保険)フリーランスは、文字通り「自分で自分を雇用している」状態です。そのため、雇用保険には加入しません。(労災保険)フリーランスは労働者ではないため、通常は労災保険の対象外ですが特別加入制度があります。これを利用すれば、フリーランスでも労災保険に加入が可能です。特別加入の手続きは、労働保険事務組合を通じて行います。加入すれば、業務中の事故や通勤中の怪我なども補償の対象となります。ただし、保険料は全額自己負担となるので、コストと保障のバランスを考えて判断する必要があります。(税金について)フリーランスになると所得税等の税金は自分で計算し納付する必要が出てきます。副業でフリーランスである場合、本業も含めた収入が一定以上を超えると、合算した確定申告を行う形になります。3. 会社(法人)を立ち上げる、または他社(法人)の役員となる(新会社設立または他社役員就任の場合の社会保険)新会社を立ち上げる、あるいは他社の役員として経営に携わる。このような道を選んだ場合、社会保険加入については考慮すべき点が多く出てきます。役員報酬が仮に1円でも支払われるなら、その額の多寡に関わらず社会保険への加入が必要となります。またこの場合、副業先で雇用される場合と同じように「所属選択・二以上事業所勤務届」を提出する必要があります。保険料は全ての会社からの報酬を合算して計算され、各社の負担額は報酬の比率に応じて按分されます。(社会保険の加入漏れについて)社会保険の加入状況は、近年厳しくチェックされています。2014年7月以降、国税庁と日本年金機構の連携が強化され、未加入企業への指導が徹底されています。さらに、マイナンバー制度の導入により、法人にも法人番号が割り当てられました。これにより、健康保険や厚生年金保険への加入状況を容易に確認できるようになりました。もし加入漏れが発覚した場合、最大で2年前までさかのぼって加入義務が発生する可能性があります。調査が特に新設企業についても行われることがあります。通常は加入漏れが補正され、社会保険料が再計算・支払い指示がされることが多いですが、未加入な状態が悪質なものと見なされ徹底した調査などが行われた場合、関連先として本業先まで関連した調査が及ぶことも考えられないことではありません。(雇用保険・労災保険は対象外)役員は原則として労働者ではないため、雇用保険や労災保険の対象外となります。つまり、失業給付や業務上の怪我の補償は受けられません。ただし、例外もあり、役員であっても業務執行者に該当しない者で、かつ労働者性が認められる場合は、雇用保険に加入できることがあります。また、事業主が労災保険の特別加入をすることで、業務上の怪我などへの補償を受けられる道も開かれています。(税務上の注意)役員報酬は給与所得として扱われますが、一般の従業員とは異なる側面もあります。例えば、役員賞与は損金算入に制限があり、税務上の取り扱いに注意が必要です。また、同族会社の場合、役員報酬が不当に高額だと認定されると、その超過分は損金算入できなくなります。適正な報酬額の設定が求められています。執筆者プロフィール松井勇策 社会保険労務士公認心理師・AIジェネラリスト(人的資本関係の資格)GRIスタンダード修了認証 ISO30414 リードコンサルタントフォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表(https://forestconsulting1.jpn.org/)情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門:人的資本経営 雇用実務)人的資本経営検定 総監修・試験委員長東京都社労士会 先進人事経営検討会議 議長・責任者