はじめに令和2年9月1日、厚生労働省は、副業・兼業の促進に関するガイドラインを改定し、公表しました。この改定は、平成30年1月に「柔軟な働き方に関する検討会」による議論を踏まえて策定された同ガイドラインについて、副業・兼業を希望する者が年々増加傾向にある中、副業・兼業の場合における労働時間管理や健康管理についてガイドラインを改定したものです。本稿では、特に同ガイドライン上の労働時間管理の改定個所について解説します。① 労働時間の通算が必要となる場合労働者が事業主を異にする複数の事業場において「労働基準法に定められた労働時間規制が適用される労働者」に該当する場合 に、労働時間が通算される。事業主、委任、請負など労働時間規制が適用されない場合には、その時間は通算されない。法定労働時間、上限規制(単月100時間未満、複数月平均80時間以内)について、労働時間を通算して適用される。労働時間を通算して法定労働時間を超える場合には、長時間の時間外労働とならないようにすることが望ましい。② 副業・兼業の確認使用者は、労働者からの申告等により、副業・兼業の有無・内容を確認する。使用者は、届出制など副業・兼業の有無・内容を確認するための仕組みを設けておくことが望ましい。③ 労働時間の通算副業・兼業を行う労働者を使用する全ての使用者は、労働時間を通算して管理する必要がある。 労働時間の通算は、自社の労働時間と、労働者からの申告等により把握した他社の労働時間を通算することによって行う。 副業・兼業の開始前に、自社の所定労働時間と他社の所定労働時間を通算して、法定労働時間を超える部分がある場合には、 その部分は後から契約した会社の時間外労働となる。副業・兼業の開始後に、所定労働時間の通算に加えて、自社の所定外労働時間と他社の所定外労働時間を、所定外労働が行われる順に通算して、法定労働時間を超える部分がある場合には、その部分が時間外労働となる。④ 時間外労働の割増賃金の取扱い上記③の労働時間の通算によって時間外労働となる部分のうち、自社で労働させた時間について、時間外労働の割増賃金を 支払う必要がある。⑤ 簡便な労働時間管理の方法(「管理モデル」)上記③④のほかに、労働時間の申告等や通算管理における労使双方の手続上の負担を軽減し、労働基準法が遵守されやすく なる簡便な労働時間管理の方法(「管理モデル」)によることができる。「管理モデル」では、副業・兼業の開始前に、A社(先契約)の法定外労働時間とB社(後契約)の労働時間について、 上限規制(単月100時間未満、複数月平均80時間以内)の範囲内でそれぞれ上限を設定し、それぞれについて割増賃金を 支払うこととする。 これにより、副業・兼業の開始後は、他社の実労働時間を把握しなくても労働基準法を遵守することが可能となる。「管理モデル」は、副業・兼業を行おうとする労働者に対してA社(先契約)が管理モデルによることを求め、労働者及び 労働者を通じて使用者B(後契約)が応じることによって導入される。従前より筆者は、労働基準法38条における労働時間通算規定は、使用者が異なるような副業・兼業には適用すべきでないとの解釈をとるべきと主張していましたが、今回も厚労省としてはかかる解釈の見直しには至りませんでした。他方で、筆者は、労働時間通算をするとしてもいくつもの技術的問題点があることも指摘していましたが、今回のガイドライン改定により、それらの課題については一応の対応がなされたということになります。しかし、上記の通り、この管理方法はあまりにも複雑で、実際の実務に対応できるとは到底思えません。そもそも、大前提となりますが、本業が副業の労働時間について把握する法的義務はそもそも存在しません(逆に、副業が、本業の労働時間について把握する義務もありません)。なぜならば、副業の労働時間の通算義務は労働基準法38条に規定がありますが、他方で、労働時間の把握義務は労働安全衛生法に規定されており、こちらには労働時間の通算義務は存在しませんので、あくまでも自社の事業所の労働時間を把握する義務だけが規定されています。また、労働基準法はあくまでも故意がある場合にのみ適用されるとの解釈に争いはありません。この結果、以下の解釈上の帰結が成り立ちます。本業は、副業の労働時間を把握しなくても、法違反にはならない。本業は、副業の労働時間を把握していない場合、労働時間を通算しなくてもよい(もちろん、この場合、割増賃金なども払う義務が生じない)。本業は、副業の労働時間を把握した場合は、上記のガイドラインに従い、労働時間を通算しなければならない。この解釈は厚労省もよく理解しており、ガイドラインをよく読むと、本業の副業の労働時間を把握する「義務」がある、という文言は慎重に避けられており、ガイドラインでは、代わりに「必要」という文言が使われています。日本語としては似たような意味合いになりますが、法律上の「義務」と一般用語としての「必要」とは全く異なります。今回のガイドラインはあまりに複雑なため、実務上定着するかは不明といえますし、上記のような解釈上の問題点があればなおさらといえます。もっとも、これまでも、「副業の労働時間を把握できないのであれば副業は解禁できない」という企業も一定数存在していたことも事実ですので、今回のガイドラインは、かかる企業に対し、副業解禁を拒む大きな理由を失わせたという意義はあるように思われます。執筆者プロフィール森・濱田松本法律事務所 パートナー 弁護士 荒井太一氏 (リンク)東京弁護士会所属・ニューヨーク州弁護士登録。様々な規模・業界の訴訟・M&A・一般企業法務を担当。慶應義塾大学法学部、バージニア大学ロースクール卒業後、米国三井物産株式会社、三井物産株式会社での勤務を経て、2015‐16には厚生労働省労働基準局に出向。主な著書に『実践 就業規則見直しマニュアル』(労務行政 2014年3月刊(編著))など多数。「柔軟な働き方に関する検討会」委員(2017年~ 厚生労働省)