はじめに副業を支える法体制の整備が進められており、民間企業でも、副業解禁の動きが加速しています。副業には、企業側にとっては人材育成、優秀な人材の獲得・流出防止など、労働者側にとっては所得増加、能力・キャリア選択肢の拡大などの多くのメリットがあります。他方で、次のようなリスクや懸念点もあるため、副業に対して、どのようなアプローチをとればよいか、悩んでいる企業も多いようです。①労働時間管理に関するリスク②健康管理に関するリスク③企業秘密等の流出・流入に関するリスク副業を容認するに当たって、具体的にどのリスクに留意する必要があるかについては、どのような就労形態の副業を認めるかによって異なります。例えば、正社員に雇用形態での副業を認める(すなわち、雇用契約×雇用契約)のであれば、①から③すべてに留意する必要がありますが、非雇用形態での副業のみを認める(すなわち、雇用契約×非雇用契約)のみ認めるのであれば、①の問題は生じないことになります。【①労働時間管理に関するリスクについて】労基法38条1項の定めにより、本業と副業の労働時間は通算することとされています。これにより、法定労働時間(原則として1週40時間、1日8時間)の規制、36協定の締結・届出や割増賃金の支払い規制などの、使用者が果たすべき労基法上の義務は、労働時間を通算した上で適用されることになります。労働時間を通算する前提としての、本業先における副業先の労働時間の把握、副業先における本業先の労働時間の把握は、それぞれ、労働者からの自己申告によって行うことが多いのが現状です。これがきちんと行われていない場合、使用者は上記の労基法上の義務を果たせなくなってしまい、労基法違反を問われるなどのリスクを負うことになります。【②健康管理に関するリスクについて】副業を行った場合には、本業のみを行っている場合に比べて働く時間が増えることとなりますので、労働者の健康上の問題が生じます。本業先は、副業先で生じた原因により労働者が疾病にかかった場合、責任を負わないのが原則です。しかし、労働者が副業をしていることで過重な負担がかかっている(=労働者に疲れがたまっている)ことを認識した上で、何ら配慮を行わなかった場合などについては、損害賠償責任(安全配慮義務違反)を負うこととされるリスクは否定できません。また、労働者が副業により精神障害などに罹患した場合に、本業先が労働者の健康状態に則した措置を講じていない場合には、(発病自体には本業先に責任が認められないとしても)当該精神障害の悪化に関して、本業先の安全配慮義務違反が肯定されるリスクがあります。【③企業秘密等の流出・流入に関するリスクについて】副業を容認した場合、自社の労働者が、他社(副業先)にて、自社の企業秘密等(例えば、顧客名簿や研究データ等)を漏洩してしまうリスクが生じ得ます。このようなリスクが顕在化した場合には、本業先には多大なる損失が生じることとなります(労働者や副業先に対して、差止請求や損害賠償請求等を行うことになります。)。逆に、他社の企業秘密等が、自社に持ち込まれてしまうリスクもあり得ます。この場合、副業先から、本業先に対する損害賠償請求等がなされることになります。【リスクを避けるためには】副業を行うことで生じるリスクは、上述のものに限られませんが、本業先としては、リスクを可能な限り避けるため、まずは、副業を容認する際に、当該副業にはどのようなリスクが生じ得るのかを把握しておく必要があります。具体的には、副業許可申請書等の書式に、次のような項目を盛り込み、副業を認めるかどうかの判断要素とすることが考えられます。※1 副業先が競業関係になかったとしても、関係会社に競業他社がある場合や、副業先が新しく事業を始める際にその内容が本業先と競合する場合なども考えられますので、潜在的なリスクにも注意が必要です。また、同時に、副業先での労働時間を本業先に報告することや、企業秘密等を第三者に開示しないこと(退職後も同様 ※2)、当初申請した事項に変更があった場合には速やかに本業先に報告すること、などを含む誓約書を取得し、上記のリスクを可能な限り低くしておくことが考えられます。※2 労働者は、労働契約の付随的義務として、企業に対する秘密保持義務を負うとされていますが、退職後は、特段の合意がない限りこれを負わないとされているため、誓約書等にて合意を得ておく必要があります。このような事前の対応を行った上で、リスクが顕在化する可能性が生じた場合には、労働者に注意を促したり、副業許可を取り消したりすることで、リスクが生じないよう対応することが重要です。執筆者プロフィール井上 紗和子 弁護士 京都大学大学院法学研究科法曹養成専攻修了。多湖・岩田・田村法律事務所に入所(第一東京弁護士会所属)。労働訴訟(労働者たる地位の確認請求、残業代請求、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求等)、労働審判、団体交渉等、労働案件を多数担当。セミナー講師を務めるほか、「企業のための副業・兼業・労務ハンドブック」(日本法令)など、執筆多数