はじめに働き方改革以降、副業への関心は年々高まっています。令和2年9月1日には、働き方改革の初期に策定された「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月)が改定され(以下、「改定版ガイドライン」といいます。)、労働時間の通算についてより充実した指針が示されたほか、健康管理やその他の制度(労災保険、雇用保険、社会保険)等についても、詳細な記載がなされました。このような働き方改革の一環としての副業促進に加え、令和2年は、コロナ禍により、収入減(残業代や賞与の削減)や雇用不安のほか、休業、時短勤務、テレワークの浸透による時間的余裕が生じたことで、副業への関心がさらに高まることになりました。全日本空輸株式会社(ANA)が、従前は個人事業主であれば認めていた副業について、令和3年から、新たに他社と派遣社員やアルバイトなどの雇用契約を結べるようにしたことや、ヤフー株式会社が社外の副業人材の活用に乗り出し、100人を超える人材と業務委託契約を締結したことは、記憶に新しいと思います。本稿では、副業者を受け入れる企業(副業先企業)側が、副業者活用で特に抑えておくべきリスクについて解説します。1 契約形態JILPTが平成29年に実施した調査では、労働者が副業を行う際の契約形態(「本業先との契約形態×副業先との契約形態」)について、「雇用×雇用」の次に「雇用×非雇用」が多いとされており、副業先企業において、副業者を非雇用契約(請負契約や委任契約など)にて活用する例は多いと思われます。もっとも、当該契約形態が、真に非雇用契約か(雇用契約ではないのか(より正確には、労働関係法令上の「労働者」に該当しないのか。以下同じ))については、十分に注意しなければなりません。すなわち、副業先企業が、副業者をフリーランス(非雇用契約)として活用していたとしても、その実態が雇用契約なのであれば、事後的に、割増賃金が未払いであるとする未払賃金請求や、健康を害したとして安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求等がなされる可能性があります。改定版ガイドラインでも、「違法な偽装請負の場合や、請負であるかのような契約としているが実態は雇用契約だと認められる場合等においては、就労の実態に応じて、労基法、労働安全衛生法等における使用者責任が問われる」との指摘がなされています。雇用契約か非雇用契約かは、仕事の依頼等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、拘束性の有無、代替性の有無等によって個別具体的に判断されることになりますので、副業先企業は、これらを踏まえ、当該契約の性質を慎重に検討する必要があります。2 割増賃金改定版ガイドラインにおいて、これまでの原則的な労働時間の通算方法のほか、「簡便な労働時間管理の方法」(管理モデル)が示されました。※管理モデルの詳細については、改定版ガイドラインをご参照ください。なお、今後、厚労省が改定版ガイドラインのQ&Aを出すことになりますので、そちらでより分かりやすい解説がなされると思われます。https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000192844.pdf管理モデルを使用した場合、副業先企業(時間的に後から雇用契約を締結した企業)は、労働者が自社で働くすべての時間について、割増賃金支払義務を負うこととなります。管理モデルを使用することで、労働時間の通算について手続上の負担が軽減することはたしかですが、副業先企業にとっては、所定内労働時間か所定外労働時間かにかかわらず常に割増賃金を支払うことになりますので、このような管理モデルのデメリットに留意して、その導入に応じるか否かを決する必要があります。具体的には、本業先企業での所定労働時間が8時間や7時間45分など比較的長い場合は、副業先企業としては、(通算して8時間を超える労働時間について)管理モデルの使用の有無にかかわらず割増賃金を支払う必要がありますので、このような場合は、管理モデルの使用により手続上の負担の軽減という恩恵を受けることが合理的といえます。他方、本業先企業での所定労働時間が5時間など比較的短い場合は、管理モデルを用いていなければ割増賃金を支払う必要のない部分が多くなりますので、管理モデルを使用することで支払う割増賃金が高くなってしまいます。このような場合は管理モデルを用いるべきではないと考えられます。副業先企業としては、管理モデルの使用を求められた際、本業先企業での所定労働時間、コストの大きさ、当該労働者を採用するメリット、などを比較考量して、慎重に検討する必要があります。3 企業秘密等の流出・流入の防止改定版ガイドラインには記載されていませんが、企業秘密等の流出・流入の防止には大きな注意を払う必要があります。たとえば、副業者が、本業先企業の不正競争防止法上の「営業秘密」に該当する企業秘密等を副業先企業に開示した場合について、本業先企業としては、当該副業者だけではなく、副業先企業にも損害賠償請求等を行うことになります。仮に副業先企業が、取得に当たって当該開示が不正なものである点につき悪意又は善意重過失でないとしても、副業先企業の認識は本業先企業には分からないためです。そのため、副業先企業としては、次のような方法により、本業先企業の企業秘密等が意図せず自社(副業先企業)に持ち込まれないよう、また、仮に持ち込まれたとしても自社は悪意又は善意重過失ではないと主張できるよう、予防しておく必要があります。①労働者の採用時に、他の就業先の有無を確認する②他の就業先がある場合には、当該他の就業先での業務内容や立場、秘密保持義務の有無等を確認し、企業秘密等の流入の危険性の高さを認識しておく③副業者に対し、他の就業先の企業秘密等を持ち込まない旨の誓約書の提出を求める④日頃から、副業者が他の就業先の企業秘密等を持ち込む動きがないか確認する⑤他の就業先のない労働者も含め、全体に対して教育を行う4 その他改定版ガイドラインでは、上記で言及したもののほか、①企業側の安全配慮義務、労働者側の秘密保持義務、競業避止義務、誠実義務といった付随義務、②健康管理に関する留意点、③労災保険、雇用保険、厚生年金保険、健康保険に関する事項、などについて、指針が示されています。副業先企業としては、これらの事項にも留意しつつ、副業者の活用を図ることが必要です。執筆者プロフィール井上 紗和子 弁護士京都大学大学院法学研究科法曹養成専攻修了。多湖・岩田・田村法律事務所に入所(第一東京弁護士会所属)。労働訴訟(労働者たる地位の確認請求、残業代請求、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求等)、労働審判、団体交渉等、労働案件を多数担当。セミナー講師を務めるほか、「企業のための副業・兼業・労務ハンドブック」(日本法令)など、執筆多数