金融業界の副業リスク最前線:行員の約3%が副業届出している時代の対策とは【金融業界の副業リスク後編】

前編では、金融業界における副業に関連する様々なリスクと課題について詳しく解説しました。顧客情報の私的利用、在職中の競業、キックバックやリベートの問題、さらには副業先でのハラスメント行為による本業への影響など、金融機関特有の深刻な問題が浮き彫りになりました。
これらの課題は、金融機関の信用を根底から揺るがす可能性を秘めており、慎重な対応が求められます。しかし同時に、人的資本経営の実践や人材育成、法令遵守の観点からも、副業を完全に禁止することはできません。
金融機関にとって、リスク管理と人材活用のバランスを取ることは容易ではありません。しかし、適切な制度設計と運用によって、両立は可能です。
金融機関の人事・管理部門担当者はもちろん、副業を検討している従業員に向けてこれらの課題に対する具体的な対策と、取り組み事例を紹介します。
金融機関の従業員が行う副業の事例
金融機関の従業員が副業を選択する際、最も特徴的な制約は、投機的利益の追求を目的とした有価証券の売買等が厳しく制限されていることです。金融商品取引法や日本証券業協会の規則により、金融機関の従業員は個別株の短期売買、FX、先物・オプション取引などが原則禁止されています。
この制約の中で選ばれるのが、不動産投資や太陽光発電投資などの労務が発生しづらい事業や、スキマ時間でおこなえるデジタル関連の副業です。これらの副業が選ばれる主な理由は、前述の制約される本業と競業化される副業と比べて、リスク管理の観点から見て比較的安全だと考えられているからです。
しかし、どの副業を選択する場合でも、前編で述べたリスクは常に存在します。
特に、顧客情報の私的利用、在職中の競業、キックバックやリベートの問題は不動産事業でも発生しますし、副業先でのハラスメント行為による本業への影響などには十分な注意が必要です。事業である以上リスクは0にはできません。
また、金融機関の副業ポリシーは本業先の事業領域によって異なっているため全てが許可されるわけではありません。
金融機関職員の副業例と必要なリスクヘッジ
| 投資種類・副業 | メリット | デメリット | ヘッジが必要なリスク |
|---|---|---|---|
| 不動産投資 | 安定した収入、インフレヘッジ | 初期投資が高額、物件管理の手間 | 顧客情報の流用、利益相反、ステークホルダーとのトラブル、等 |
| 太陽光発電投資 | 安定した収益、環境貢献 | 天候依存、設備の維持管理 | 各種法令の遵守、等 |
| デジタル関連副業(ウェブデザイン、プログラミング等) | 時間の柔軟性、スキル向上 | 競争が激しい、継続的な学習が必要 | 情報セキュリティ、本業との時間競合、デジタル関連リスク対策、等 |
| 専門職関連(税理士、社労士、中小企業診断士等) | 専門知識の活用、高収入の可能性 | 資格維持のための継続学習、責任の重さ | 利益相反、守秘義務違反、本業との競合、等 |
| 教育・講師業 | 知識の共有、社会貢献 | 準備時間の確保、スケジュール調整 | 個人情報の取り扱い、顧客とのハラスメントトラブル、過重労働、等 |
| クリエイティブ・ライティング | 自己表現の機会、柔軟な労働時間 | 締め切りのプレッシャー、不安定な収入 | 著作権の遵守、本業情報の誤用、過重労働、契約トラブル、等 |
| スポーツ・フィットネス | 健康増進、ストレス解消 | 体力維持、時間的制約 | 怪我のリスク、副業先などでの事故、ハラスメントトラブル、等 |
| 地域活動・ボランティア・自治体副業 | 社会貢献、ネットワーク拡大 | 時間的拘束、金銭的報酬なし | 地域情報のコンタミネーション、地域での評判リスク、直接取り引き等、有償の場合本業入札関連の制限、等 |
| 小規模ビジネス(オンラインショップ等) | 起業経験、追加収入 | 初期投資、在庫管理 | 本業との時間配分、個人情報管理、消費者保護違反、特定商取引法に触れる事故、古物商許可、等 |
【届け出率は平均3%前後】金融機関の副業制度事例

本来、就業時間は就業規則外の個人活動時間でもあるため、強い制約を設けず、従業員のスキル向上や多様な経験の獲得、そして人材確保のための重要な施策として運営する会社もあります。前述の通り、金融機関では様々な制約があるなかでも、人的資本経営を実践するためリスクをヘッジし副業制度をいち早く導入した先進的な金融機関の副業制度事例を紹介します。
新生銀行の事例
新生銀行は、2022年度に82名が副業を実施するなど、副業制度を3年以上実施しています。特筆すべきは、その柔軟なアプローチです。金融機関ながら最低限のルールのみを設定し、様々な形での副業・兼業を可能にしています。申請プロセスも簡素化され、基本的には承認する方針を取っています。新生銀行の副業の範囲は広く、趣味の延長線上のものから、金融知識を活かしたコンサルティングや講師業まで多岐にわたります。また、対象者に制限を設けず、新卒や有期雇用、パート従業員も含めて全従業員を対象としています。またサイト上でもESGデータとして、副業者数を経年で開示しています
https://corp.sbishinseibank.co.jp/ja/sustainability/data/esg.html
みずほ銀行の事例
みずほ銀行では、「自分らしさ」の実現を目指し、副業/兼業制度と週休3、4日制度を導入しています。2023年時点で、777名もの従業員が副業や兼業を行っています。この制度は、社員一人ひとりの成長を支援し、やりがいとモチベーションの向上を図ることを目的としています。みずほ銀行の取り組みは、大手金融機関における柔軟な働き方の先駆的な事例と言えるでしょう。
コンコルディア・フィナンシャルグループ(横浜銀行・東日本銀行)の事例
横浜銀行では、2021年10月に「キャリア・イノベーション支援制度(兼業・副業)」を導入しました。この制度は、行員の主体的なキャリア形成と新たな成長を支援することを目的としています。導入以降、10名が利用しており、東日本銀行でも2023年度中に同様の制度導入を予定しています。
具体的な事例として、中小企業診断士の資格を持つ行員が、創業塾での講師や中小企業の価格交渉支援などの副業を行っています。この行員は、副業を通じて直接的な顧客支援ができることにやりがいを感じ、また副業で得たスキルを本業にも還元しています。例えば、マーケティング手法を活用して行内の募集要項作成を改善するなど、副業経験が本業の業務改善にも寄与しています。
地方銀行全体での副業事例
全国地方銀行協会の2022年11月時点の調査によると、62行中43行が副業制度を既に導入しており、77行が導入を目指しています。また、合計594名(副業465名、兼業129名)が副業または兼業を実施しています。
https://www.chiginkyo.or.jp/association/report/assets/rbareportvol08report02.pdf
| 銀行名 | 年度 | 従業員数 | 副業者数 | 副業者割合 | 前年度比 | ソース |
|---|---|---|---|---|---|---|
| みずほFG | 2023 | 49,107 | 777 | 1.58% | +121名 | ESG データブック 2023 数字で見る「変化の実績」みずほFG人的資本レポート2024 |
| 新生銀行 | 2022 | 2,179 | 82 | 3.8% | -12名 | ESGデータ |
| 横浜銀行 | 2021 | 4,067 | 10 | 0.2% | - | 人財戦略 |
| 全地方銀行 | 2022 | - | 594 | - | - | 地⽅銀⾏における副業・兼業の取り組み |
なぜ副業を解禁するのか?金融業界の人的資本経営事情
金融業界における副業制度は、2021年11月の銀行法再改正を契機に新たな局面を迎えています。この改正により、銀行の業務範囲規制が大幅に緩和され、子会社を通じて幅広い業務に参入しやすくなりました。これは、金融機関がより多種多様な人材投入戦略と人的資本経営を必要とする背景となっています。
銀行法改正の影響
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業務範囲の拡大:銀行本体及び子会社で行える業務が拡大し、フィンテック企業の買収や異業種との協業が容易になりました。
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人材ニーズの多様化:新規事業展開に伴い、従来の金融スキルだけでなく、IT、マーケティング、データ分析など多様なスキルを持つ人材が求められるようになりました。
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競争環境の変化:異業種からの参入が増加し、従来の銀行間競争から業界を超えた競争へと移行しています。
これらの変化は、人的資本経営と人材活用基盤としての副業制度の重要性をさらに高めています。
リスクガバナンス上での副業禁止の破綻

また、制度の刷新理由として従来の副業禁止の破綻事情もあります。
2024 年 7 月労働政策研究・研修機構の「副業者の就労に関する調査」では、副業が禁止されている企業の従業員の72.5%が副業を本業先に「知らせていない」という結果が明らかになっています。これは、副業禁止という方針自体が現実的に機能していないことを示しています。更に、副業禁止のスタンスは若手人材の採用・定着にも深刻な悪影響を生み出します。
・従業員の離職の増加
従業員の副業を理由に上司のマネジメント行動がマイナスに変わった場合
従業員の転職意向が高まる傾向がパーソル総合研究所第二回 副業の実態・意識に関する定量調査で判明しています。
・経営の倫理問題
2023年のパーソル総合研究所 「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」では企業の副業解禁理由の増加として下記の4つが大きく増加しています。日本企業の人材確保・活用が限界に達している中、禁止できないものを禁止しようとする古い経営倫理と時代遅れの人事管理への問題を表す結果になっています。
1位「個人の自由なので」58%
3位「禁止するべきものでないため」56.2%
5位「優秀な人材の定着(離職率低下)のため」52.8%
8位「優秀な人材の確保(採用活動)のため」51.0%
このような状況下で、制限が多い金融業界自体でもリスクをヘッジしつつ原則副業を容認する企業が増加しています。これは、若手人材の採用や定着など、中長期的な人事戦略の観点から重要な動きといえます。金融機関においても、人材確保の競争が激しくなる中、副業制度の導入は避けられない流れとなっています。
【申請率100%の壁】継続的な事故防止と隠れ副業のリスク
前述の通り、副業の禁止が破綻する中、副業が一般化することで継続的な副業によるトラブルや事故防止の重要性は高まります。前述の2024 年 7 月労働政策研究・研修機構の「副業者の就労に関する調査」によると、副業が禁止されていない企業でも24.5%の従業員が副業を本業先に知らせていないことが分かっています。(n=6,600)100%の申請・届出率を達成することは現実的ではありませんが、この状況下で企業と副業を行う従業員の双方が高い倫理観を持ち続けることが問われています。一律禁止ではなく、より継続的な時代に即した副業のリスクのヘッジが求められます。
例えば
・許可後の副業の監査体制や安全衛生
・内部不正への対策、内部通報制度の拡充
・副業者数が各社開示されることによる申請率の低さ、ばらつき、隠れ副業の通報
・透明性の高い申請プロセスの構築や、副業に対する社内の理解促進状況
・上司・部下間での副業理由の紛争
などが問題となる可能性があります。近年、上場直後に従業員による副業を経由した大規模な内部不正が発生した事件もあり、監査法人による上場後監査や上場時の監査で副業に関する実態把握状態について第三者からヒアリングされるケースも発生しています。
隠れて副業をする重大なリスク

届出せずに副業を行い、厚生労働省が提示する4つの制限事項に触れる問題を起こした場合、懲戒処分や犯罪として扱われるリスクが高まります。特に金融機関では、以下の点に注意が必要です。
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商品の取次や融資に関わる問題 金融商品の取り扱いや融資業務に関連する副業は、法令違反のリスクが特に高いため、細心の注意が必要です。
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情報管理の徹底 顧客情報や内部情報の取り扱いには特に厳重注意が必要です。本業と副業を明確に切り分け、一切利用しないスタンスを取れない場合、重大な違反行為につながる恐れがあります。
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本業先名の副業利用、第三者からの通報や本業と個人の二重性を問う問題行動へつながるため利用は避けましょう。
金融業界に所属する副業者は、これらの業界特有のリスクを十分に理解し、法令遵守と倫理的行動を徹底することが求められます。また、他産業から副業者を受け入れる際も、同様のリスクが発生する可能性があるため、危険で済ませず十分なリスクの理解と教育が必要です。
まとめ
金融機関は副業制度の導入と運用に際し、リスク管理と従業員の成長機会の提供のバランスを慎重に取る必要があります。継続的なモニタリングと教育、そして透明性の高い副業制度の運用を通じて、副業に伴うリスクを最小限に抑えつつ、その利点を最大限に活かすことが求められます。副業者においても、金融機関特有のリスクを理解しつつ副業を選択しましょう。
執筆者
小林大介 シニアリスクリサーチャー ISO30414リードコンサルタント 株式会社フクスケ代表VOYAGEGROUP(現CARTA HOLDINGS)新卒入社。株式会社サポーターズの立ち上げに関わる。同社で支社長経験後、副業経由でVTuber事業を手掛けるスタートアップにHRマネージャーとして転職。組織急拡大の中、ニューリスクを複数経験。2019年7月に株式会社フクスケを...