近年、2018年の働き方改革関連法の成立以降、政府主導で推進される働き方改革や、副業・兼業の促進により、多くの企業で就業規則の見直しや新たな制度設計が進んでいます。金融業界、特に銀行においても、この流れは例外ではありません。しかし、顧客情報や巨額の資産を扱うという業界特有の性質上、副業に関するリスク管理は非常に重要です。本稿では、銀行の人事・管理部門担当者および金融業界で副業を検討している従業員に向けて、業界特有の副業リスクと事故事例、その対策、さらには人材活用と両立させた持続可能な副業制度の在り方について解説します。金融業界特有のリスクと具体的な事故事例銀行業務を代表する金融業界では、顧客の預金情報や融資情報など、機密性の高い情報を扱うため、情報漏洩リスクは常に付きまといます。また、銀行員としての立場を利用した不正行為や利益相反行為なども懸念されます。具体的な事故事例としては、以下のようなものが挙げられます。所属金融機関が保有・管理する情報資産の私的利用所属金融機関しか知り得ない情報資産を無断で副業に利用するような副業はリスクが非常に高いです。具体的には、銀行が保有する顧客リストの無断使用、自身が担当する営業先の経営者や決裁者のネットワークを利用した副業での営業活動、顧客情報を基にした別商材の取次ぎ副業などが該当します。これらの行為は、単なる情報漏洩にとどまらず、顧客との信頼関係を著しく損なう可能性があります。多くの場合、第三者からの通報等によって事故が発覚し、発覚時期によっては所属金融機関の信用失墜、法的制裁、さらには業務停止などの深刻な結果を招く可能性があります。問題が発生する背景には、金融業界特有の事情があります。銀行員、特にプライベートバンカーや法人営業担当者は、富裕層や企業の決裁者と密接な関係を築きます。この関係性が、副業における顧客獲得の「近道」として悪用される可能性があります。また、金融機関が保有する顧客情報には、資産状況、投資傾向、信用情報など、ビジネス上極めて価値の高い情報が含まれており、この情報の価値の高さが不正利用の誘因となりやすいです。さらに、銀行業務は預金、融資、投資信託、保険など多岐にわたるため、この多様性が様々な商品やサービスの取次ぎ副業への誘惑を生み出す可能性があります。顧客は銀行員を信頼し個人的な財務情報を開示しますが、この信頼関係を悪用し副業に利用するケースが発生しています。また、一部の従業員が顧客情報の重要性や情報管理の厳格さを十分に理解していないことも、このような問題の一因となっています。※2021 年 10 月 8 日 各 位 株式会社北海道銀行 懲戒処分【在職中の競業化】本業で実施すべき業務の副業実施金融機関の従業員が、本来所属機関で行うべき業務を個人的な副業として行うケースで特に問題となるのは、中小企業診断士や金融資産アドバイザーなどの資格を活かした副業です。中小企業診断士の資格を持つ銀行員が、個人で中小企業の財務支援や融資コンサルティングを行う。ファイナンシャルプランナーの資格を持つ行員が、個人で資産運用アドバイスを提供する。不動産鑑定士の資格を持つ行員が、個人で不動産評価サービスや個人・法人へのコンサルティングを提供する。これらの行為は、副業毎に明確な制限や事前教育、監査を設けず、許可されてしまうと単なる副業の域を超え、所属金融機関との競業関係を生み出す可能性があります。さらに深刻な問題として、融資体制のガバナンスに関わる問題が挙げられます。発覚の困難さ:表面上は本業へのポジティブな効果や従業員の成長につながる正当な副業として行われるため、問題行為があった際発見が難しい。従業員の認識不足:自身の副業の行為が事実上キックバックやリベート行為になっていることに気づかず、違法行為だという認識が不足している場合のちのち問題となる。組織的な問題への発展:適切なリスクチェックや監査がない場合、副業リスクを見逃したまま本業先が承認してしまう事や定期的な監査をおこたり、承認時との変化に気づけず問題が発生してしまうなど、個人的な行為が組織ぐるみの不正に発展する可能性がある。【指摘がないと気付けない】副業先とのキックバック・リベートへの発展金融業界における副業の中でも、特に注意が必要なのが副業先とのキックバックやリベートの問題です。これは、表面上は合法的な副業に見えながら、実質的には違法行為や倫理的問題に該当するケースが多いためです。情報の非対称性:副業を通じて得た情報を、銀行業務に不適切に利用してしまった場合問題となります。多くの国では、銀行員が個人的な利益のために融資情報を利用することは法律違反となります。特に、インサイダー取引や利益相反行為に該当する可能性があります。融資判断への影響:副業者の副業先との関係が、本業の融資判断に不当な影響を与える可能性があります。情実融資や浮貸しなど不適切な融資慣行を生み出す危険があり、銀行員がこれを助長することは、銀行の信頼性を著しく損ないます。利益相反:銀行員が副業として融資の手引きを行うことは、本業の銀行業務と利益が相反する状況を生み出します。これは銀行の利益よりも個人的な利益を優先することになり、倫理的な問題を発生させます。人的リスク:副業先でのハラスメント行為による本業謝罪金融業界における副業のリスクは、情報漏洩や競業だけにとどまりません。副業先での個人の言動が、予期せぬ形で所属金融機関の信用問題に発展するケースもあります。典型的な事例として、副業先で自身の本業における立場を開示し、それを利用して不適切な言動を行うことが挙げられます。また、副業先でのハラスメント行為が発覚し、それが金融機関の従業員による問題として報道されるケースもあります。SNS上での不用意な発言が、金融機関の従業員としての立場と結びつけられて拡散されることもあります。これらの問題が発生する背景には、金融機関従業員の身分の二重性があります。個人時間でも第三者から問われる二重性たとえ副業中であっても、社会からは「銀行員」として見られがちであり、この二重性が個人の行動と所属機関のイメージを不可分なものにしています。また、SNSの普及により、個人の言動が瞬時に広範囲に拡散される環境が整っていることも一因です。金融機関は社会的信用を基盤とする業種であるため、その従業員の行動に対しても高い倫理性が求められます。この期待値の高さが、些細な問題でも大きな影響を及ぼす要因となっています。加えて、本業先に恨みを持つ人物が、副業での問題を意図的に暴露し、金融機関の信用を毀損しようとするケースも見られます。まとめこのような問題は往々にして、当事者が「問題ない」と認識したまま進行することが多いため、第三者からの指摘や定期的なコンプライアンス研修が重要となります。金融機関と従業員の双方が、常に高い倫理観を持ち、透明性の高い業務運営を心がけることが、この問題の防止には不可欠です。後編では各課題を防止するための実践例や解禁済み企業の事例を解説します。金融業界の副業リスク最前線:人的資本経営の背景と副業実データ【後編】執筆者プロフィール株式会社フクスケ代表シニアリスクリサーチャー小林大介2019年7月、副業事故、ニューリスクを防止する株式会社フクスケを創業。 国内最大級のエンタープライズ向け副業事故防止・監査プラットフォーム「フクスケ」を運営。最新のデジタルリスク対策から自治体、労働組合、企業関連セミナー等でも登壇多数。 ソフトバンクアカデミア15期生、週刊東洋経済すごいベンチャー100 2022年版選出。 リスク対策専門メディア「リスク対策.COM」で副業リスクマネジメントについて連載中。