(1) 在職中の競業避止義務【前編】で述べた営業秘密の不正利用等の問題に加えて、副業を認める場合のもう一つの大きな懸念は、従業員等による自社事業と競業する副業であろう。競業避止義務とは、一般的には、使用者と競合する企業に就職し、又は自ら競合事業を営まない義務をいうが、従業員等は、明文上の規定がなくとも、使用者(企業)に対して競業避止義務を負うと解されている。すなわち、従業員は、使用者との雇用契約上の信義則に基づいて、競業行為によって使用者の正当な利益を不当に侵害してはならないという付随的な義務を負うと解され。また、役員も、忠実義務から派生する義務として、同様の義務を負うと解されている(会社法355条、同356条1項1号、民法644条)。退職後にまで競業避止義務を課すことは、従業員等の職業選択の自由や営業の自由(憲法22条1項)に対する制約が大きいため、無効とされることもあるため、競業避止義務といえばハードルが高いイメージがあるかもしれない。しかし、上記のとおり、在職中の競業避止義務については、特段、就業規則の定めや誓約書等がなくとも認められると解されていることは、まず理解しておく必要がある。すなわち、本業により培われたスキルや人脈を利用するため、本業に近い領域での副業を選ぶとしても、従業員等は課された競業避止義務に違反しない範囲で副業を行わなければならない。副業ガイドラインも、「使用者は、競業避止の観点から、労働者の副業・兼業を禁止又は制限することができる」としており、使用者は、就業規則等により、競業により自社の正当な利益を害する場合には、従業員等の副業・兼業を禁止又は制限することができるようにしておくべきである。(2) 「使用者の正当な利益を侵害する」競業とはただし、在職中の競業避止義務が認められる根拠が、競業行為によって使用者の正当な利益を不当に侵害してはならないということにある以上、在職中の競業避止義務も無制限ではない。この点、副業ガイドラインも、「競業避止義務は、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならないことを内容とする義務であり、使用者は、労働者の自らの事業場における業務の内容や副業・兼業の内容等に鑑み、その正当な利益が侵害されない場合には、同一の業種・職種であっても、副業・兼業を認めるべき場合も考えられる。」とも述べている。使用者が不合理に副業を認めない場合、場合によっては損害賠償責任のリスクもあることに留意が必要である(副業の事前許可制を採用していた会社において、執拗かつ著しく不合理に副業申請を不許可としたことが不法行為に該当するとした裁判例として、マンナ運輸事件・京都地判平成24年7月13日労判1058号21頁がある。)。したがって、就業規則においては、原則として副業・兼業は可能であるとしつつ、労働者による営業秘密の漏えいや正当な利益を侵害する競業行為が行われるおそれがある場合にのみ、副業・兼業を禁止又は制限する旨を定めるのが妥当であろう。その上で、制限すべき副業に該当するかどうかのチェックのため、従業員等に対し、副業をする際には届出を義務付け、届出の際に、従業員等が予定している副業の事業内容や具体的な業務内容を確認し、使用者の正当な利益を侵害するおそれがあるかどうかを判断するべきである。「使用者の正当な利益を侵害する」おそれがある競業といえるかどうかは、個別具体的な事情に基づいて判断されることになるため、一義的な判断基準を示すことは難しい。もっとも、少し古い裁判例において、競業が禁止される趣旨が、会社の企業秩序を乱し、又は乱すおそれが大であり、あるいは従業員の会社に対する労務提供が不能もしくは困難になることにあることからすれば、「会社の企業秩序に影響せず、会社に対する労務の提供に格別の支障を生ぜしめない程度のもの」であれば禁止されるべき競業には含まれないとされていることは参考になる(橋元運輸事件・名古屋地判昭和47年4月28日判例タイムズ280号294頁)。また、商品部長という要職にありながら、会社と同種の小売店を経営したことを懲戒解雇事由の一つとして認めた裁判例(ナショナルシューズ事件・東京地判平成2年3月23日労働判例559号15頁)もあるように、少なくとも、業種や顧客が直接的に会社と競合する場合には「使用者の正当な利益を侵害する」といえる。また、同裁判例が商品部長という要職にあることも指摘しているように、従業員等が、経営に近い地位・役職である場合や、営業秘密やノウハウといった競業先への流出を防止すべき情報を取り扱っている場合には、他社での副業を「使用者の正当な利益を侵害する」おそれがあるものとして禁止することが正当化されやすくなると考えられよう。(3) 他社で勤務する従業員を採用する場合また、副業ガイドラインにおいても「他の使用者の労働者を自らの下でも労働させることによって、他の使用者に対して当該労働者が負う競業避止義務違反が生ずる場合が考えられる。」としているとおり、他社で勤務中の従業員との間で雇用契約又は業務委託契約を締結する場合には、当該従業員又は受託者が当該他社に対して負う競業避止義務に違反しないようにする必要がある。競業避止義務自体は、当該従業員又は受託者が当該他社に対して負う義務ではあるものの、競業避止義務違反が不法行為になる場合には、使用者又は委託者として使用者責任(民法715条1項)を負うおそれがあるし、競業避止義務違反を認識しつつ業務に従事させていた場合には、共同不法行為責任を負う可能性もあるからである。具体的には、採用時に、自社で業務に従事することが、他社との関係で競業避止義務違反とはならないことについて誓約書を取得することが考えられる。この点、従業員等は、在職中だけではなく、(そのような競業避止義務の有効性については様々な問題があるものの)退職後にも競業避止義務違反を負う場合があるため、競業避止義務を負う範囲の確認について、「副業先との間で」といった限定を設けないようにしたほうが良いであろう。なお、これは別問題であるが、従業員等に該当しない業務委託契約の受託者については、契約上、競業避止義務を当然に負うわけではないため、競業行為を明確に禁止したい場合には、業務委託契約にその旨を禁止するなどの手当てが必要となる。ただし、業務委託契約における競業避止義務も、受託者の営業の自由という憲法上の権利(憲法22条1項)を侵害するものであり、当事者の関係性次第では、独占禁止法が禁止する優越的地位の濫用(独占禁止法2条9項5号)として、競業避止義務を業務委託契約において定めても無効となるおそれがあることに留意が必要である。執筆者プロフィール森・濱田松本法律事務所カウンセル弁護士 上田雅大(うえだ・まさひろ) (リンク)森・濱田松本法律事務所カウンセル弁護士。2009年神戸大学法学部卒業、2010年弁護士登録(63期)、2016~2018年厚生労働省労働基準局に出向、2019年コーネル大学ロースクール修了(LL.M.)後、2020年McDermott Will & Emery(Washington D.C)にて執務。2020年ニューヨーク州弁護士登録。労働、IT・知的財産及び消費者関連法務を主要取扱業務としており、幅広い相談に対応する。労務関係の主な著書・論文として「詳解 賃金関係法務」(商事法務、2024年、共著)、「Q&A 越境ワークの法務・労務・税務ガイドブック」(日本法令、2023年、共著)、「人事部門が保有する情報の開示・取り扱いの実務」(労政時報 No.4037、2022年、共著)、「ここ数年の働き方改革関連法制」(月刊監査役No.734、2022年)、『雇用調整の基本 人件費カット・人員削減を適正に行うには』(労務行政 2021年、共著)ほか多数。